2008年4月13日日曜日

山根先生の診断①-2007年1月7日

東京農工大学家畜病院(現:動物医療センター)での初診では、その日のレントゲン、カラードプラー、心電図等を検査することから始まりました。日獣医でとった今までのレントゲンや心電図を持参していましたので、その推移をみることで進行の具合も知りたいとのことでした。

こいぬを預けて30分位後、私たちは部屋に呼ばれました。大学病院の診察室というのは、多くの患者さんが同時に入れるように縦並びに小さな部屋で区切ってありますが、その奥には大広間なところで繋がっていて、そこで先生方が作業しているようです。私たちは小さな診察室を横切りその大広間まで進みました。そこにはこいぬの資料をじっとみつめた山根先生が私たちを待っていました。

以下、できるだけ記憶に忠実に山根先生との会話を書きます。ただし、記憶が定かでないことと、私たちの知識不足で多少本当と違うことがあるかもしれませんがお許しください。
Y(山根先生) We(私たち)


Ya「朗報です!藤原さん」開口一番、山根先生はそうおっしゃいました。

We「こいぬの僧帽弁閉鎖不全症は、外科手術で治す事ができるのでしょうか?」

Ya「今ならば、進行がそこまで進んでいない。今だったら僧帽弁の腱索がほんの一部断裂しているだけなので弁輪や腱策の修復で対応が可能でしょう。それは、僧帽弁閉鎖不全症の外科的治療の中では一番簡単な方法なのです。もちろん、それでもリスクはあります。」

あまりの事の速さに、突然に開けたこいぬの道をにわかに信じがたく、同時にそれでもリスクのある手術だといった山根先生に対して、私は何も言葉を交わす事ができなくなってしまいました。外科手術で知りうることをすべてこの場で確認をしなくては・・・・そう思いつつもなかなか言葉にならないのです。

We「人工弁への置換は必要ないのですか?」

Ya「もちろん、僧帽弁の場合開けてみないと何もわかりません。しかし、今の状況を診る限り(レントゲンやカラードプラ-)では、置換ではなく、形成、いわゆる弁輪や腱策の修復でいけると思います。ただ、万全を期するために、実際に手術をする際には、こいぬ君に合うだろうと思われる”置換弁”を用意はしておきます。今、その置換弁について、研究をすすめているのですが、同じ動物の弁を用いることあ多くなりました。それらを何種類も手術の際には用意しておいて、その犬にぴったりと合う弁を瞬間的にみつけていくのですが、これが結構難しいのです。今回のこいぬ君の場合、その必要はないと考えているので、その分だけ可能性が高いのです。」

We「それでもリスクがあるんですよね?」

Ya「それはありますね。まず、心臓病の手術の場合、心臓をとめなくてはいけない。以前は、心臓を停止した時に使う人工心肺が動物用ではなかったのですが、それは私が何年もかかって開発をしてたので、今では普通に使えるようになりました。しかし、その心臓をとめる時間が長ければ長いほど、リスクが高くなるということです。他の臓器への影響、血圧、血流、脳への負担、そのすべてが通常に回復してくれるのか、それはその時間との勝負、そしてその子の持っている生命力次第です。今回の場合、置換の必要がない程度なので、そういう意味で時間がかからない手術ができる可能性が高いのでその分だけ有利ということになります。また、それ以外のリスクとして、他の臓器がすでにこの状態(僧帽弁閉鎖不全症)に慣れてしまっているので、かえって正常の心臓の動きに戻した時にもう一度その正常値に順応できるかどうか、というのもあります。それもその子の生命力に関係します。」

We「こいぬは今9歳なのですが、年齢についてはどうなんでしょうか?」

Ya「年齢については確かに若ければ若いほどいいですね。それは生命力、その後の回復力が強いということです。9歳というのは、そういう意味ではギリギリなところでしょうか。ただし、急性心臓疾患などで、外科的手術をしないともう確実に助からないという場合は、どんな年齢でもチャレンジはしています。」

We「手術が成功した場合、その後の生活は?」

Ya「もちろん、その子によりますが、基本的には生活が元通りに戻った=寿命がのびた、と捕らえていただいて大丈夫です。ただ、その後、数ヶ月は定期健診が必要です。また、人工置換と違い、”腱策修復”の場合はその腱策が弱くなる可能性、いわゆる再発の可能性がありますが、9歳であれば、数年後というのはもう寿命の年齢なので仕方ないでしょう。それよりは、僕は本来の犬の寿命までの残された数年間をどう過ごすのか"quality of Life"を重視していますので、その場合、外科的手術をする可能性というものあっていいのではないかというのが考えです。」

We「要するにそれは、このまま内科的治療を続けて、徐々に悪くなることがわかっていても薬の治療を続けるのか?または外科的治療にかけてみて、残された数年の生活を元気に過ごさせてあげるか?自分たちが過ごせるか?という意味ですか?」

Ya「そうですね、ただ、考えてほしいのは、外科手術には相当な覚悟が必要ということもあります。リスクはないとは断言できないし、実際にだめな場合もあるんです。僕ができるのは、その選択肢を広げてあげることだけなので、そこはよく考えてください。自分は、今まで何百、何千の犬の手術をしてきた。それから大学機関にいることで、また人間ではない動物という意味で本来ならばできない臨床研究もすることができた。その結果として、今、小動物の心臓病の外科手術においては、欧米等に劣らず、日本が世界で最先端にいるといえるまでになった。また、人間の心臓外科の名医の先生との共同研究や交流もしていて、それでもやはり動物の方がずっと難しいということがわかった。先日も、台湾や韓国からわざわざ手術をしに来た人もいまいたし、欧米やアジア諸国から手術や研究の見学にも来られています。特に小動物の心臓病疾患は外科治療でももっとも難しい分野なのです。僕は、少しでも未来に繋がることをやりたい。動物も人間も同じなんです。僧帽弁は人間の場合、ほぼ100%手術治療していますよね。それで生活を取り戻せる。飼い主さんにとっては動物も同じなんですよ。・・・あなた方の決断は難しいでしょう。どちらが正しいとはいえないのですから。よく考えてあげてください。時間をかけてでもいいから、よく二人で話し合って。」


山根先生は、とても真剣に、そして少し苦しそうに今の現実とこいぬの未来について、正直にすべてを話してくださいました。主人も私も、この1年間戦ってきたこいぬの難病の大きな岐路に出会った瞬間であることは、すでに十分すぎるぐらいに感じていました。山根先生と話したのは1時間程度の短い時間でしたが、私の生きてきた少ない35年間の人生で、もっとも心を奮わせた人であることは事実でした。

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