2008年6月15日日曜日

手術を前にして

パパとは逆に、私の場合、こいぬの手術の日まで毎日が臆病との戦いでした。パパを見ていると、こいぬが完治するということを信じて疑わず、ここまで信じてあげられていたら、こいぬも幸せだねと思っていました。私は考えれば考えるほど、不安になり苦しくなっていったのですが、不思議なことに、だから手術をやめちゃおうとは一度も考えませんでした。今の苦しみが早く晴れてくれることだけを祈って毎日を過ごしていました。こいぬとは、できるだけこいぬの好きなことをしてあげたいと思い、3人でお花を見に行ったり、海に行ったり、大好きな公園に行ったりしていました。こいぬは思う存分走りたかったのかもしれませんが、基本的にはいつも車や、抱っこや、自転車の籠の中にいれて運動はさせないでいました。こいぬの食欲はいつもどおりでしたし、咳も夜中に異常な程の奇妙な咳を時々するぐらいで、その前後は何事もなく、平然とした日々でした。よく、僧帽弁がひどくなると、肺に水が溜まり、そのために、犬が伏せの状態で眠れなくなるといいますが、こいぬの場合、そんなこともなく、平気で伏せのまま寝たりもしていました。

2月に入り、私は、今までこいぬの内科的治療のために見ていただいていた日本獣医大の小山先生にご挨拶にお伺いしました。先生は大変お忙しい時間を割いてくださり、私が「東京農工大学の山根先生にこいぬの僧帽弁手術をしていただく」ということをお伝えすると「それは決断されたのですか?」と聞かれました。「はい、いろいろと考えましたが決断しました」とお伝えすると、先生は時間をかけてお考えになられた後に、こう仰られました。「たしかに、外科的治療が成功すれば、今のこいぬ君にはベストな治療ですね。残念ながら僧帽弁を薬だけで完治させることはできないですから、正しい決断なのかもしれない。がんばってください。心から応援しています。」

小山先生もまた山根先生がそうであるように、ご自分の生涯で、僧帽弁や他の病気で多くの犬が亡くなっていく事実を日本中の誰よりもまのあたりにしながら、獣医学の道を切り開かれてきた名医でいらっしゃいます。小山先生の進んできた道は、薬の投与を中心とした内科的医療ではありましたが、今回、手術を選んだ私たちに対してそのような励ましのお言葉をかけて頂けたことに、私は本当に感謝をしています。先生のお気持ちのどこかで、手術にはリスクがあることを伝えたかったのかもしれませんし、なぜ内科にしないのか?と問いたかったのかもしれません。しかし、先生は何もそこには触れられませんでした。その様子は、決して投げ出したり、どうでもいいという反応ではなく、非常に思慮深くお考えになられた後の発言だっただけに、私はその先生の態度にとても感銘を受けました。

こいぬが手術を成功し元気になったら、小山先生のところにご挨拶に行こう、それだけが私のできるお礼の言葉だと思いながら、帰宅したことを覚えています。

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